皆さん、こんにちは!
7月27日(土)に日本を代表する国際協力の実施機関であるJICA様とイベントを行います。
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当イベントや皆様の国際協力活動をもっと盛り上げたいとの想いから、「#わたしの国際協力」と題してメンバー全員でブログを毎日更新して参ります。
ぜひ、ご自身のSNSアカウントで「#わたしの国際協力」というハッシュタグを使って投稿して下さいね!!(検索して“リツイート/いいね“しに行きます笑)
今日の【#わたしの国際協力】は、スタッフの藤田が担当します!
(アツ小・中学校の前で記念撮影。顔に表れてないですが、めちゃくちゃ感動しています)
「この世の中に誰かがやらなければならないことがあるとき、僕はその誰かになりたい」
ビデオの時間は、6分44秒
私はこの間に、中田厚仁さんの生き方や人柄に感動して、鳥肌が止まらなかったことを覚えています。
中田厚仁さんは、1993年カンボジアの総選挙に国連選挙監視ボランティアとして参加し、当時、まだ情勢が不安定であったカンボジアの村々に赴き、民主主義の大切さを訴えていました。
しかしながら、選挙目前に射殺され亡くなりました。25歳でした。
私はこのとき、生まれていませんでしたが、様々な文献を見て、中田さんが若い人たちに「国際協力」という言葉を浸透させたことがわかりました。
そして、中田さんの想いは、カンボジアの方の心に確実に届いていました。
中田さんの四十九日の法要の日に行われた総選挙で、中田さんが命を懸けて奔走した活動地域の投票率はなんと99.9%に上りました。
その後、厚仁さんの”アツ”の名が付けられた村や学校が作られました。
私は、このナカタアツヒト村に訪れて、学校も訪問させていただきました。
ちょうど私が着いたころ、お昼時だったのでしょうか、大勢の子どもたちが元気よく校門から出てきました。笑顔に溢れた生徒や、見知らぬ人がいるのでじっと指をくわえて私を見ている生徒…
約20年前まで、ここで内戦があったことなど、信じられないくらいとても穏やかで温かい雰囲気に包まれていました。
中田厚仁さんが、命を懸けて残したメッセージは、このような風景を守り続けていくことであると感じました。
私が国際協力、他者に貢献したいとさらに強く考えるようになったのは、この方のおかげです。
「誰かがやらなければいけないなら、自分がやる」
生前、中田さんは繰り返しこの言葉を同僚の方に、伝えていたそうです。
私が自分の人生を決めていく上でも、とても重要な指針となっています。
うまくいかない日もありますが、中田さんの想いを受け継ぐ気持ちで、真っすぐ、ひたむきに頑張ってまいります。
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参考資料
カンボジアの民主化のために生きた若者 中田厚仁
https://www.youtube.com/watch?v=N0zop5v3XO8
アツが教えてくれたもの ~ある日本人青年の生きざま~